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鳴戸親方より

鳴戸All Stars日記

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鳴戸親方からみなさんへ

当部屋は 指導方法として、私自身の独特な教えをしています。私自身が、力士にとって大敵の糖尿病を幕下のときに患いながらも、また、いく度かの怪我に見舞われながらも、新しいトレーニング方法を取り入れ、横綱に昇進できた経験等を生かして、指導しています。当部屋は 指導方法として、私自身の独特な教えをしています。私自身が、力士にとって大敵の糖尿病を幕下のときに患いながらも、また、いく度かの怪我に見舞われながらも、新しいトレーニング方法を取り入れ、横綱に昇進できた経験等を生かして、指導しています。当部屋は 指導方法として、私自身の独特な教えをしています。私自身が、力士にとって大敵の糖尿病を幕下のときに患いながらも、また、いく度かの怪我に見舞われながらも、新しいトレーニング方法を取り入れ、横綱に昇進できた経験等を生かして。

■経歴

鳴戸 俊英 (なると としひで)

本 名高谷 俊英 (たかや としひで)

現役名59代横綱 隆の里 俊英
青森県南津軽郡浪岡町出身
昭和27年(1952年)9月29日生まれ
血液型 O型
初 土 俵昭和43年7月先代二子山親方のスカウトを受けて入門
新 十 両昭和49年11月
新 入 幕昭和50年5月
大関昇進昭和57年3月
昭和57年9月全勝で初優勝
昭和58年7月14勝1敗で優勝を飾り、場所後、59代横綱に昇進
横綱昇進昭和58年9月新横綱の重圧をはねのけ、15戦全勝優勝
引  退昭和61年1月年寄 鳴戸 を襲名
優  勝幕内4回(全勝2回)十両優勝1回
三  賞殊勲賞2回 敢闘賞5回 金星2回

入門は、2代目若乃花(元横綱)の間垣親方と同じ夜汽車で上京した仲。節制と努力により糖尿病を克服して横綱に昇進したときには、若乃花はすでに引退していました。両肩の筋肉が盛り上がった固太りの体格。両まわしをひきつけての吊り、寄りで全盛期横綱千代の富士に対抗、千代の富士の天敵といわしめ、対千代の富士戦にただ一人勝ち越した力士です。また、双葉山以来45年ぶりに新横綱で全勝優勝を遂げました。
力強い相撲からポパイと異名をとり、さらに耐えるイメージから「おしん横綱」とも言われました。
現在、相撲協会監察委員会に所属、稀勢の里、若の里をはじめ力士、行司、呼び出し、床山、総勢20名以上を擁し、弟子の指導はもちろん、有望な人材を求めて全国を飛びまわっています。